世間体はあまり良くない水商売は幅広く学べて人生経験ができる貴重なお仕事
今回の「キャバクラバイトのお仕事体験談」は、ルルレモンさん(50歳 静岡県 スナック自営業)からの投稿です。
水商売歴が30年程あるベテランのルルレモンさん。
今では自分でスナックを経営されている現役のママさんです。
キャバクラやスナックという水商売のイメージは世間ではあまり良い印象ではないのかも知れませんが、そんなイメージをひっくりかえすような素敵な体験談を教えてくださいました。
私の水商売歴は30年ほど・・・結構長いですよね。
昼間の仕事をしていた時期もあるのですが夜の商売と同時進行は大変で二足のわらじは長続きしませんでした。
結局世間体よりも収入を取った結果が今ですね。
私が選んだ水商売という世界は、ときに世間の皆様から白い目で見られたり、同級生や友人から仕事について尋ねられてもはっきりと言えないこともあります。
この仕事を恥ずかしいことだとは思いませんが胸を張って言えるような商売じゃないですからね・・・。
少なくても自慢できる職業ではないためあまり口外せず今に至ります。
水商売初心者向けのラウンジで働いていた頃
さて、20代の頃はラウンジというスナックのような水商売初心者向けの店で働きました。
料金も高額ではないため客層は良いとは言えずその結果長続きしませんでしたが、水商売の世界についていろいろ勉強することが出来ました。
お酒についての知識やカラオケ機械の操作の仕方など今思えば簡単なことばかりですが、当時はまだ若く世間知らずだったのでラウンジというお酒を提供する店で働けて良かったと思っています。
それぞれの報酬はですが、時給は1300円ほど。
30年も前のことなので低くもなく高くもなく。
暇な時間はテレビを見たりカラオケの練習をしたりと自由に時間を使えました。
その後はキャバクラやミニクラブ、パブに高級クラブと渡り歩きました。
親戚がクラブを経営していたのでそこでしばらく働いてラウンジとはまた別の勉強をさせてもらいました。
着物を着たママさんが居る店でしたからカジュアルではなかったんですね。
接客もラウンジのように適当にはさせてもらえずタバコの火の付け方など決まり事を覚え大変なこともありました。
灰皿の交換やグラスがどれくらい空いたら交換するとか、先輩ホステスのやり方を見て覚えたりママさんやマネーシャーから直接教えてもらうことも。
高級な店になればなるほどマナーが求められますし言葉遣いも丁寧になっていきます。
それだけ質の良いお客様が顧客になっているからなんですが・・・。
3年程働いたキャバクラでの体験談
キャバクラで働いていた時期は3年ほど。
指名されるとその人のボックス席に行って横に座って接客します。
私が居たキャバクラは時間制で1時間5000円ほど。
つまみ代は込みなのでそれほど高額ではなかったです。
つまみは店の厨房で毎日作られていて、常時10種類くらい店の中央に並べてあって、今で言うバイキング形式になっていたんですね。
そこからお客さんが好きなように席へ持ってきても良いですしホステスが食べたいものを都度取りに行ってもよかったので、当時仕事中にお腹が空くことはありませんでした。
お酒の苦手なお客さんが、おつまみと女の子との会話目的で来店するくらいでしたから食べ物の質は良かったのだと思います。
日本の古き良き時代のことで、今はあのような良質のサービスを行っている店は見かけなくなりました。
水商売のいいところ
その後は高級クラブと呼ばれている店へ行くことが多かったですね。
店の中央にグランドピアノが置いてあり時間になるとピアノの演奏者が来るのです。
お客様は地元企業の社長や重役が多く、普通のサラリーマンの姿はほとんど見なかった。
あとは、資産家で毎晩のように飲み歩いている人。
そういう人ってお金持ちそうに見えないのですが、たいして働いていないのに不労所得があったりして悠々自適に暮してお酒の飲み方もキレイで、わたしはそういう人と知り合える水商売という世界が今でも好きなんですよ。
普通に暮していたら絶対に接点のない人たちとお酒を飲みながら会話できるってやっぱりすごいこと。
水商売はこの頃商売しにくくなりましたが、めげることなく頑張って欲しい。
どんなに悪いイメージがあってもこの業界は絶対に必要なんだと私は思っています。
ルルレモンさん、体験談投稿ありがとうございました。
世間体はあまり良くなく、ダークなイメージをどうしてももたれやすいこの業界。
しかし、最近はかなり健全ですし、この世界を必要としている方は多いんですよね。
コロナの影響で更に厳しい状況が続いていますが、今後も時代の流れに沿いながら上手に発展していければと思います。